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李康白(イ・ガンベク/1947〜)劇作家
全羅北道全州生まれ。ソウル芸術大学劇作科教授。71年東亜日報新春文芸に戯曲『五』が当選。79年財団法人クリスチャンアカデミー対話出版社編集長。82年『李康白戯曲選集1』出版、以来04年までに7巻を数える。83年韓国戯曲文学賞、ソウル劇評家グループ賞、85年ベネズエラ第三世界戯曲特別賞、86年大韓民国文学賞、東亜演劇賞、92年百想芸術大賞戯曲賞、96年『寧越行日記』で大山文学賞と『骨と肉』で第20回ソウル演劇祭戯曲賞など多数の作品で賞を受けた。
代表作に『番人』『ネマ』『春の日』『鱈の頭』『寧越行日記』『真如極楽』 『乾いて擦り減るまで』
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李根三(イ・グンサム/1929〜)劇作家
平壌生まれ。 52年東國大学校英文学科卒業。59年アメリカ・ノースキャロライナ大学大学院修士学位を取得、66年、ニューヨーク大学大学院修了。58年、英文戯曲『果てしない糸口』をアメリカキャロライナ劇団で初公演。59年、単幕喜劇『原稿用紙』を発表。東國大学、西江大学、中央大学などで英文学科新聞放送学を講義しながら、劇団民衆劇場代表、果川世界公演芸術祭副委員長なども歴任。94年、国民勲章牡丹章などを受賞。著書に創作戯曲集『第18共和国』『流浪劇団』『大王は死を拒否した』『李成桂の不動産』『老優の最後の演技』など。演劇論等に『近代英米戯曲概論』『演劇の正論』『西洋演劇史』『演劇概論』などがある。
代表作に『原稿用紙』『大王は死を拒否した』『アベルだけの裁判』『李成桂の不動産』ほか。
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李相宇(イ・サンウ/1951〜)劇作家・演出家
1977年、ソウル大学美学科卒業。78年『彫刻家と探偵』の演出で本格的な演劇活動を始める。77〜89年まで劇団演友舞台の演出家として活動後、95年劇団チャイム創立。86年『チルスとマンス』で東亜演劇賞演出賞と百想芸術賞演出賞、95年ミュージカル『スターになるつもりは』で第1回ミュージカル大賞、00年『乾いて擦り減るまで』で韓国演劇協会今年の演劇ベスト5・演出賞受賞。 代表作『チルスとマンス』『老いぼれ泥棒の話』
演出作 『乾いて擦り減るまで』(李康白作)、『統一エクスプレス』(呉泰栄作)、『そこ』
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李聖悦(イ・ソンヨル/1962〜)演出家
1985年、延世大学歴史学科を卒業後、演出家を志し呉泰錫の劇団木花に入団し、劇団の初期の作品で俳優や演出助手として参加。軍隊入隊を経て、林英雄のサヌリムで演出助手をしながら、サヌリム小劇場の劇場管理者として勤務。1995年、同年代の演劇人たちとユニット・パーティを作り、演出家として活動を開始する。96年、自信が率いる劇団白首狂夫を旗揚げ、『ハンバーガーに対する瞑想』(96年)をはじめ、チェーホフ・シリーズ『グッドモーニング? チェーホフ』(98年)、『驚いたか? チェーホフ』(98年)、『三人姉妹』(01年)、『グッドモーニング? チェーホフ2』(04年)などを演出。
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李鉉和(イ・ヒョナ/1943〜)
黄海道載寧生まれ。1967年延世大学英文科を卒業して、70年中央日報新春文芸に 『ヨハネを捜す』が当選。76年中央日報創刊 10周年記念作品募集で 『シーシーシーッ』が入賞、キム・ジョンオク演出で自由劇場が上演した。75年から 80年まで『どなたですか?』を劇団民衆劇場が上演。著書に『どなたですか?』『0.917』、『不可不可』は仏語で翻訳出版された。 77年 『どなたですか?』で文学思想新人作品賞、78年ヨンヒ演劇賞・韓国演劇映画芸術賞・ソウル劇評家グル−プ賞、79年・現代文学賞、84年・大韓民国文学賞、87年大韓民国演劇祭及びソウル劇評家賞グル−プ戯曲賞、88年東亜演劇賞作品賞、百想芸術大賞戯曲賞。
代表作に『どなたですか?』『サンシッキム』『不可不可』『カデンツァ』『0.917』
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李萬喜(イ・マニ/1954〜) 劇作家
1954年忠清南道大川生まれ。68年実家破産、母と共に忠清南道無量寺に入り数ヵ月の仏寺生活を送る。75年全羅北道錦山寺入山。78年東國大学校印度哲学科卒業。79年「永久に衰えない木乃伊の裡の死体」で東亜日報に入選。光州で高校教師をしていた80年、事件の最中旧友と再会、光州市内で小劇場を始める。この劇場の柿落としの過程を作品化し、処女戯曲『処女飛行』発表。83年戯曲『癩病病み』の原作小説で月刊文学新人文学賞受賞。89年『癩病病み』で劇界にデビュー。90年『それは、木魚の穴の底の小さな闇でした』で三星文芸賞、ソウル演劇祭大賞、戯曲賞、白想芸術大賞戯曲賞受賞。翌年LA公演。92年『電気、チョッと消して下さい』公演開始。1000回を越えるロングランとなり、94年のソウル奠都600年記念タイムカプセルに演劇界を代表して公演資料が収められる。93年には『豚とオートバイ』『咲いて散って咲いて散って』。94年、延嬉演劇賞受賞。95年『良い奴等』。96年『後ろ向きで去れ』で東亜演劇賞戯曲賞。97年発表『辰年の上に戌年』は現在までロングランを続けている。他、映画シナリオ「約束」(『後ろ向きで〜』映画化作品)「ワイルドカード」「ボリウルの夏」「九歳の人生」等がある。
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林英雄(イム・ヨンウン/1936〜)演出家
1948年徐羅伐芸大演劇映画科演劇演出専攻後、朝鮮日報文化部記者として活動。65年同人劇場で『戦争が終わった時』で初演出。イェグリン歌舞団の演出担当。66年韓国最初のミュージカルを演出。68年『換節期』(呉泰錫作)演出を皮切りに、国立劇団作品も多数演出。69年、ベケットの『ゴドーを待ちながら』を韓国で初演。現在に至るまで再演を重ね、グダニスク・ダブリン・アヴィニヨン・東京他で上演している。70年劇団サヌリム創立。1969年韓国演劇協会引っ越しを歴任し、01年文化観光部21世紀文化政策委員会委員。韓国百想芸術大賞演出賞、ソウル演劇祭演出賞、大韓民国文化演出賞など受賞多数。
代表作『ゴドーを待ちながら』『換節期』『危機の女』『声』『カフェ新派』他多数。
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李潤澤(イ・ユンテク/1952〜)劇作家・演出家
釜山生まれ。ソウル演劇学校演劇科中退、放送通信大初等教育科を卒業。79年詩人として文壇デビュー。86年、釜山にて演戯團コリペ旗揚げ。 89年『市民K』でソウル進出の後、『オグ』を東京・ドイツで上演。現在、演戯團コリペ代表、密陽演劇村芸術監督、季刊「ゲリラ」発行人。成均館大学演技芸術学科招聘教授。ソウル演劇祭で94年『ビニールハウス』、96年『ハムレット』、98年『真如極楽』、01年『田舍文士・曹南冥』で演出賞。91年『請負』で東亜演劇賞、95年『ビニールハウス』で演出賞、95年『問題的人間、燕山』で戯曲賞を受賞。百想芸術賞で95年『問題的人間、燕山』が大賞を、2000年『真如極楽』で演出賞。89年と98年に最優秀芸術家賞。 02年には大韓民国文化芸術賞演劇部門を受賞。 90年『サンシッキム』、93年『歳月の恵み』(岸田理生作)など、日本での上演も多数。
代表劇作・演出作に『市民K』『オグ―死の儀式』『オモニ』『パボカクシ―愛の儀式』 『マクベス』『ホン・ドンジは生きている』(金光林作)、『問題的人間、燕山』『ハムレット』『真如極楽』(李康白作)、『旅立つ家族』(金義卿作)
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呉泰錫(オ・テソク/1940〜)劇作家・演出家
忠清南道生まれ。64年延世大学哲学科卒業。67年1月『化粧した男たち』(未公演)で韓国日報新春文芸長幕佳作を受賞し、作家としてデビュー。同年4月『ウェディングドレス』で朝鮮日報新春文芸に当選し、李源庚演出で上演される。その後、68年『換節記』(林英雄演出)、73年『草墳』(柳徳馨演出)、74年『胎』(安民洙演出)、80年『山茱萸』(李海浪演出)、83年『自転車』(金雨玉演出)など、初期の17作を錚々たる演出家たちが競って公演した。84年に劇団木花を旗揚げし、演出家として自身の作品のレパートリー公演をおこなっている。パンソリの三・四調のリズムを基調とした台詞や、身体表現など、伝統から多くの影響を受けている。彼の作品には、幼い頃の朝鮮戦争で体験した同族による殺戮の記憶が大きな影を落としている。民族の歴史を巨視的に眺めた普遍的なスケールを持ちつつ、大国に依存し、内紛を繰り広げてきた自国のほろ苦さが溶け合っている。現在、ソウル芸術大学劇作科教授として教鞭をとりながら、劇団の専用劇場「アルングジ」で一年の半分以上公演をおこなっている。代表作に『春風の妻』『父子有情』『白馬河の月の夜に』『コソボ、そして流浪』『I LOVE DMZ』ほか。
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呉泰栄(オ・テヨン/1948〜)劇作家
ソウル芸術専門学校卒業。74年、中央日報新春文芸に当選。79年、韓国戯曲作家協会賞、87年に『戦争』で現代文学賞戯曲部門を受賞。80年代は76劇団で活動し、アレゴリカルな表現で社会批判的な戯曲を執筆。『売春』などの作品は公演倫理委員会の公演不可判定で論議の的となった。90年代に活動をしばらく中断した後、10年ぶりに新作『統一エクプレス』を発表。その後『燃えるソファ』『きな粉』など、【統一演劇シリーズ】を発表している。
代表作『平和』『戦争』『統一エクスプレス』『きな粉』『ホテルフェニックスで眠りたい』ほか。
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オム・インヒ(1955〜2001)
仁川生まれ。ソウル芸術大学卒業。81年朝鮮日報新春文芸に戯曲『プユド』と京郷新聞新春文芸に戯曲『貯水池』が当選。83年大韓民国文学賞戯曲部門新人賞を受賞した。安養文化芸術運動連合議長、韓国女性団体連合文化委員会委員、民族文学作家回の戯曲・シナリオ分科委員長、子供文学会戯曲分科委員を歴任。主要著書では「オム・インヒ代表戯曲選」「児童と青少年のための戯曲」「面白いシナリオ執筆」などがある。
代表作に『プユド』『その女の小説』ほか。
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金義卿(キム・ウィギョン/1936〜)
ソウル生まれ。60年ソウル大学哲学科を卒業後、68年アメリカ留学し、ブレンダイス大学大学院で演劇学修士。 60年から72年まで、劇団実験劇場の創立同人として活動。82年から86年まで国際児童青少年演劇協会(ASSITEJ)韓国本部理事長、86〜89年まで韓国演劇協会理事長。64年から4年間国際演劇協会(ITI)事務局長、81年から94年までITI韓国本部副委員長、94〜99年2月まで会長を歴任。 1997年から2001年までソウル市立劇団団長。著書では「鈴木演出論」「仏罰」、戯曲集『旅立つ家族』など。韓国日報TV芸術賞戯曲賞、百想芸術大賞戯曲賞、文化勲章宝冠章などを受賞。
代表作品『喊声』『ノンゲ』『チョヨン』ほか。
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金洸甫(キム・カンボ/1964〜)
演出家。釜山出身。1994年に劇団青羽を旗揚げし、代表・演出家として活動。『地上から20メートル>でデビュー後、『オフィーリア』『華蛇が私の脚にまとわりついて』などを演出。96年『鐘閣の猫』で「今日の若い芸術家賞」受賞。『炎天の日差し』で98年韓国演劇協会選定・今年の演劇ベスト5新人演出賞、99年百想芸術大賞新人演出賞。『オイディプス―それは人間』00年韓国演劇協会選定ベスト5、『人類最初のキス』は01年韓国演劇評論家協会選定ベスト3に選ばれた。03年には東亜日報選定次世代演出家1位に選定された。
代表的な演出作に『鐘閣の猫』『オイディプス―それは人間』『炎天の日差し』『人類最初のキス』『少女飛行』『ヘンリー4世』『ロバたち』『エクウス』『笑え、墓よ』ほか。
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金光林(キム・カンリム/1950〜)
ソウル大学仏文学科卒業。カリフォルニア大学(UCLA)大学院で演劇学修士。78年劇団演友舞台創立に参加。86〜97年まで同劇団芸術監督。ソウル芸術専門大学劇作科教授を経て現在、韓国芸術綜合学校演劇院劇作科教授。93年『水族館』で東亜演劇賞演出賞、『鱈の頭』(李康白作)で百想芸術大賞演出賞、96年『会いにきて』で百想芸術大賞戯曲賞。『会いにきて』を原作にした映画「殺人の追憶」(ポン・ジュノ監督)は日本でもヒットした。80年代のブレヒト解禁以降、叙事劇的手法を取り入れた社会性の強い作品を書いている。「身体」的な作品が多い韓国演劇の中で、より「知」的なアプローチを試みている。
代表作『変わった彼の世』『ホン・ドンジは生きている』『鱈の頭』『我が国のウトゥリ』『愛を探して』『会いにきて』
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金明和(キム・ミョンファ/1966〜)劇作家
慶尚北道金泉生まれ。88年梨花女子大学教育心理学課卒業。中央大学大学院で演劇を専門的に学び、00年に「呉泰錫戯曲の空間研究」で博士学位を取得。94年、評論家としてデビュー。また97年に劇作家として『鳥たちは横断歩道を渡らない』で三星文学賞戯曲部門を受賞した。98年呉泰錫演出でこの作が上演され一躍注目を浴びる。00年『オイディプス、それは人間』、01年『チェロとケチャップ』と三回連続して韓国演劇協会選定「今年のベスト5」を受賞。01年『トルナル(百日祝い)』では韓国演劇評論家協会選定の「今年のベスト3」と東亜演劇賞を受賞。02年、金明和・平田オリザの合作『その河をこえて、五月』が新国立劇場主催で上演され、第二回朝日舞台芸術賞グランプリに選ばれる。04年??0月には演出家・林英雄のため『カフェ新派』を書き下ろしている。
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金敏基(キム・ミンギ/1951〜)劇作家・演出家
69年にソウル大学美術大絵画科に入学。大学1年より高校時代の友人とギターを手にし喫茶店などで歌い始める。楊姫銀と出会い、彼女の伴奏・作曲を手がけるようになる。70年のデビュー曲「朝露」は、金敏基の代表作である。71年に詩人・金芝河と出会いマダン劇運動に参加。『アグ』、歌劇『工場の灯火』などを上演。72年ソウル大学の新入生歓迎会に招かれ「We Shall Overcome」など3曲を歌ったことで当局に連行され、それ以来、彼の曲のいくつかは発売禁止、放送禁止となった。81年には農地を買い農業に従事するも、91年大学路に劇場「ハクチョン・ブルー」を開館。ロック・ミュージカル『地下鉄1号線』『ケットンイ』『モスキート』などをレパートリー化しロングランを続けている。
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沈哲鍾(シム・チョルジョン/1959〜)パフォーマー
82年ドイツから帰国したパフォーマー、巫世衆(ムセジュン)と出会う。国立劇団の俳優養成所に通いつつ、次第にパフォーマンスを志向していく。86年にソロ・パフォーマーとしてデビュー。福島県会津の「田島パフォーマンス・フェスティバル」、「日韓行為芸術祭」など、日本でも活動多数。91年より劇団反徒の『ハムレットマシーン』に出演、狂気の俳優として話題となる。98年に劇場シアターゼロを開館し、日韓の舞台交流日からを注いでいる。00年には、日本に滞在し、こまばアゴラ劇場で研修を行っている。
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徐在亨(ソ・ジェヨン)
ソウル芸術大学演劇科卒業。韓泰淑率いる劇団物理で演出助手、舞台監督として活動した後、04年『死ぬほど走れ』(ハン・アルミ作)で演出家としてデビュー。また、その年の東亜演劇賞の新概念演劇賞を受賞。視覚的で洗練された空間演出、単純な身体の反復運動(走るなどの行為)を導入し、演劇界に新鮮な衝撃を与えた。今後が期待される若手演出家だ。
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孫振策(ソン・ジンチェク/1947〜)演出家
慶尚北道生まれ。67年劇団山河に入団。車凡錫らの演出助手をする。学生時代より韓国伝統芸能の構造に関心を持ち、資料を収集。許圭(ホ・ギュ)演劇研究所講師。74年『ソウル・マルトゥギ』で演出デビュー。76年、明洞国立劇場の最後の公演である『ハンネの昇天』演出。81年より、マダンノリの概念を樹立、毎年作品を制作している。82年文芸振興院海外研修者としてロンドンRSCで研修。86年、劇団美醜創立。88年ソウル・オリンピック文化芸術祝典漢江祭総監督。89年ソウル演劇演出家グループ会長、94年ITI副会長, 98〜00年までソウル演劇祭芸術監督、02年ワールドカップ開幕式総演出。主な受賞歴に76年第12回韓国演劇映画芸術大賞新人賞、83年韓国演劇芸術賞、87・93年ソウル演劇祭演出賞、88・89・94年韓国百想芸術大賞演出賞、96年国立劇場選定・今年の演出家賞。 01年劇団昴と美醜の共同制作『火計り』、04年新国立劇場『The Other Side―線のむこう側』など、日本での演出も多い。
代表演出『ソウル・マルトゥギ』『ハンネの昇天』『守り』『呉将軍の足の爪』(朴祚烈作)、『神異国旗』『男寺党の空』『春が来ると山に野に』
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蔡昇勲(チェ・スンフン/1955〜)演出家
74年東国大学国文科卒業。同大大学院で演劇映画科を修了し、一時高校教師を務めた後80年、劇団エゼットに入団。81年『ボーデン湖を渡る汽車』(P・ハントケ)で演出デビュー。84年、李海浪(イ・ヘラン)の「劇団新劇協議会」に入団し、常任演出家として『塔』(P・ヴァイス)、『授業』(イヨネスコ)、『汚れた手』(サルトル)などを演出。88年、自身の劇団「劇団反徒」を旗揚げ。93年には代表作『ハムレットマシーン』(H・ミュラー)を初演し現在も再演を繰り返している。94年より「劇団滄波(チャンパ)」を率い、アヴァンギャルド演劇の第一人者として、旺盛な活動を続けている。水原大学演劇映画学部教授。ソウル演劇協会会長。
代表作に『花のような女を水の上に差し』(96)、『青い棺の中に閉じ込められた赤い旅人宿』(98)、『四物の王国』(02)、『麻衣太子』(03)
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張鎭(チャン・ジン/1971〜)
ソウル芸術大学演劇科卒業後、映画、演劇の脚本を手掛け、現在は映画監督としても活動している。俳優として活動をはじめ『老泥棒の話』『動物園物語』『道』等に出演。86年に大韓民国演劇祭最優秀演技賞受賞。劇作では94年『無駄骨』でエチャン文学賞戯曲賞受賞。同年『不器用な人々』が韓国演劇協会の創作劇に選定される。95年朝鮮日報新春文芸戯曲部門当選。96年『タクシードリブル』が全チケット売り切れとなり、話題を集める。98年『呆れた奴ら』で映画監督としてデビュー。同年の『マジックタイム』では、演劇評論家協会の演劇賞を受賞。
代表作に『無駄骨』『不器用な人々』『タクシードリブル』『マジックタイム』『美しい死者』『拍手を鳴らす時、立ち去れ』ほか。
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蔡允一(チェ・ユニル/1946〜)演出家
『不可不可』で1988年百想芸術大賞を受賞、同年韓国芸術評論家協議会の最優秀演出家に選定された。李鉉和の『カデンツァ』をタイニイアリスで、同じく李鉉和の『サンシッキム』を98年チューリヒ世界演劇フェスティバルで上演した。『犬のように暮したくない』で96年百想芸術大賞演出賞を受賞し、『カリギュラ』で00年キリスト教文化大賞演出賞、『炎の女・ナ=ヘソク』で01年東亜演劇賞演出賞を受賞。
代表作に『サンシッキム』『不可不可』『どなたですか?』『カデンツァ』『0.917』『炎の女・ナ=ヘソク』『あるアナーキストの事故死』
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崔蓉勲(チェ・ヨンフン/1963〜)演出家
劇団小さな神話代表。1987年西江大学哲学科卒業。学生劇団だった小さな神話に入団し、『フランス語できます?』(86年)、『眠たい男』(87年)等を演出する。学生劇団ながら注目を集めた小さな神話は、崔蓉勲の存在により成長し、現在でも活発な活動を続けている。86年のデビュー以来、劇団だけでなくほかの集団のプロデュース公演でも演出し、その数は50本近い。正攻法なしっかりとした構成と舞台づくりに定評がある。
94年今日の若い芸術家賞、96年延嬉演劇賞、97年期待される演劇人賞を受賞。98年世界演劇祭ソウル・コンペ功労表彰、『キム・チグック氏、おかしくなる』が演劇ベスト5に選定された。99年東亜演劇賞作品賞・演出賞受賞。02年『トルナル』で東亜演劇賞作品賞・演出賞受賞。
代表演出作『キム・チグック氏、おかしくなる』(チャン・ソヒョン)、『黄狗圖』『マジック・アイスクリーム』『恐竜の足跡を捜して』『路上の家族』『トンガンリミステリー』『暗黒伝説英雄伝』『トルナル』(金明和)ほか。
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曹廣華(チョ・ガンファ/1964〜)劇作家・演出家
全羅南道和順生まれ。中央大学校哲学科卒業。公演芸術アカデミーで劇作を学ぶ。92年文化日報新春文芸戯曲部門に『梅雨』で当選し、劇作家として活動を開始。97年『男子衝動』以後、演出家としても活動。01年劇団ユーシアターで『生存都市』を共同制作。02年には韓日ワールドカップ開幕式演出助手。97年百想芸術大賞、東亜演劇賞演出賞、ソウル演劇祭戯曲賞。特に「性」の問題を取り上げ、386世代を代表する劇作家の一人である。
代表作に『男子衝動』『赤色仏陀』『ロック・ハムレット』『黄狗圖』 『狂ったキス』『鐘路の猫』ほか。
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朴根亨(パク・グニョン/1963〜)劇作家・演出家
1986年劇団76團に俳優として入団の後演出・劇作を担当。劇団76團。『春香1991』『沈黙の監視』『習慣の力』『アスピリン』などを演出。劇団東崇舞台で『オセロ-血は流れても死なず』『鼠』などを演出。99年『青春礼賛』で青年芸術大賞戯曲賞、韓国演劇協会最優秀公演ベスト5作品賞・演出賞、韓国演劇評論家協会今年の演劇最優秀作品賞、今日の若い芸術家賞、文化観光部長官賞、百想芸術大賞戯曲賞、東亜演劇賞作品賞・戯曲賞などを受賞。『代代孫孫』が韓国演劇評論家協会今年の演劇ベスト3。03年、東亜日報「次世代を導く演出家」1位に選定された。限界状況にある家族をハイパーリアリズム的な手法で描いている。
代表作に『青春礼賛』『鼠』『代代孫孫』『水の中で息する者は一人もいない』『家』『スコップ、でなければ斧』
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韓泰淑(ハン・テスク/1950〜)演出家
ソウル生まれ。74年『ダッチマン』で演出デビュー。『永遠のディオラ』(74)、『孤独という名の女』(79)を脚色演出。その後放送作家としてドキュメンタリーなどで活動。93年に演劇界に復帰し、『チェロ』で百想芸術大賞演出賞受賞など、話題となる。98年から「劇団物理」代表・演出家として活動中。99年には『レディ・マクベス』でソウル演劇祭作品賞・演出賞。年1本のペースでじっくり取り組み、質の高い作品を生み出している。
代表作に『徳惠翁主(トッケオンジュ)』(鄭福根)、『顔も顔だ』『私、金壽任』『エクウス』『西安火車』『レディ・マクベス』『光海遺憾』『リチャード三世』ほか
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許圭(ホ・ギュ/1934〜2000)劇作家・演出家
京畿道高陽生まれ。ソウル大学農林学科を経て慶煕大学国文科卒業。73年劇団民芸旗揚げ、代表となる。60年『皮が裂ける痛みなくは』で演出家デビュー。64年、実験劇場の『リア王』演出の成功により認められ、国立劇団『殉教者』の演出を行った。60年代、ブレヒトの叙事演劇に影響を受けつつ、現代劇と伝統劇を融合する作業を試みた。民芸では団員たちにタルチュム(仮面舞)、パンソリ、巫俗芸能などの実技を訓練させ、韓国固有の演劇を模索した。77年『ムルドリドン』で第1回大韓民国演劇祭大統領賞。79年『タシラギ』で大韓民国演劇祭演出賞。
代表劇作に『ムルドリドン』『タシラギ』
代表演出に『授業』、『ドンキホーテ』、『ユダよ、鶏が鳴く前に』(呉泰錫作)
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梁正雄(ヤン・ジョンウン/1968〜)演出家
ソウル芸術大学文芸創作科卒業後、俳優デビュー。95年多国籍劇団「らせん館」に参加し、スペイン、インドで公演。ツアー中に同劇団と別れ、インド放浪中に現地の演劇人たちと出会い俳優として舞台に参加。97年帰国し『椅子』(イヨネスコ)、『夏の夜の夢』を演出。98年、劇団旅行者を旗揚げ。韓国を含むアジアの伝統をふまえ、実験的な上演で、「アジア演劇」の構築を試みている。代表作に『大地の娘たち』『大地の子供たち』『縁ーカルマ』、『イエスマン/ノーマン』(ブレヒト)、『ソウルの善人(セチュアンの善人)』(ブレヒト)ほか。
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洪元基(ホン・ウォンギ/1959〜)
忠清北道の中原郡(現 忠州市) 生まれ。ソウル芸術専門大学(現ソウル芸術大学)卒業。84年、呉泰錫が率いる劇団木花に入団し、97年まで俳優兼作家として活躍。98年自作である三星文芸賞戯曲受賞作の『天馬圖』を自ら演出し、演出家としてもデビュー。89年『アスファルト』で韓国日報新春文芸に当選。国立唱劇団の為、書き下ろした作品に『李生窺牆傳』『九雲夢』『論介』等がある。韓国演劇界の第一人者である呉泰錫の衣鉢を継ぐ秘蔵っ子で、師の良き部分を継承した作で各方面から注目を浴びる。出世作は02年ソウル公演芸術祭参加作品である『エビ大王』で、これにより才能が一気に開花し、ソウル公演芸術祭の戯曲賞、作品賞等、賞を独占、一躍斯界の寵児となる。ほかの代表作に『本物の新派劇』『高句麗ブルース』『スフィンクス―ソウル版オイディプス―』『イシモチは美味い』等がある。
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尹大星(ユン・デソン/1939〜)劇作家
咸鏡北道會寧生まれ。61年延世大学校法学科卒業。64年ドラマセンター演劇アカデミー修了。64年、銀行に入社するも、67年東亜日報新春文芸戯曲部門に『出発』が当選。73〜80年までMBC-TV専属放送作家として活動しながら『捜査班長』『充実家族』などを執筆。80年、ソウル芸術大学専任講師。現在、劇作科教授。韓国演劇映画芸術賞、東亜演劇賞、現代文学賞、大韓民国演劇祭戯曲賞、大韓民国放送大賞シナリオ賞、韓国芸能芸術賞、大統領表彰などを受賞。60年代から、いち早く韓国の伝統的な技法と、西洋からもたらされた近代的な技法の融合を試みた。
代表作に『ならず者』『声』『出世記』『男寺党の空』『死の賛美』『離婚の条件』
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