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韓国現代戯曲ドラマリーディングVol.3を観て(「韓国演劇」07年3月号) 文 ソン・ソノ(韓日演劇交流協議会事務局長) 第3回目をむかえた「韓国現代戯曲ドラマリーディング」が2月2日から4日まで三日間東京、世田谷パブリックシアター・シアタートラムで開かれた。韓国側からは三人の劇作家とシンポジウム参席者、韓日演劇交流協議会関係者など総勢15人が今回の行事に参加した。韓流ブームが持続している影響もあるだろうが去る2005年の第2回同様、連日2百席規模の公演会場は混雑し、いくつかの公演は補助席チケットを販売することもあった。 初日紹介された『山火』は演出家が直接「故チャ・ポムソク先生に対する哀悼の意を込めて作品を朗読する」と明らかにしただけに戯曲を忠実に伝達しようとする意図を十分にうかがえる舞台であった。日本人としては馴染のうすい韓国民族衣装を着て韓国的情緒と行動様式を演技で表現するなど翻訳劇としての韓国戯曲朗読のために参加者らが苦心した痕跡がありありと見えた。アフタートークに参加した林英雄先生は『山火』がこれまで国内で「反共劇」と誤って理解されてきた理由と初演当時の政情、そして作家自身のテキストレジーの有無などを説明することによって作家の代わりに、観客の作品理解を助けた。 翌日昼間に朗読された『人類最初のキス』では若い演出家の整頓された演出力と演技者らの真剣さが引き立って見えたが、朗読後、作家は韓国公演よりむしろ今回の朗読が原作の感じに近いという所感を付け加えた。この舞台もやはり配役の解釈にともなう衣装が準備され、登退場と簡単な動線を加味して、公演と朗読の中間といえる形式を取った。討論で「人間はどのように救援されるか」という主題意識をまず明らかにした作家は当時青松監護所の取材エピソードを含め、創作の背景を説明して犯罪と人権問題が扱われたこの作品に対して「ならば果たして罰されねばならない罪は何か」とする若い観客のとても本質的な質問に対する答弁が行き来するなど興味深い対話の場が繰り広げられる場面もあった。 夕方には『0.917』が朗読された。最近ジャン・ジュネ、ロベルト・ズッコ、マリウス・フォン・マイエンブルクなどの戯曲を舞台化して注目されている新鋭演出家中野志朗氏は容易ではない戯曲をとても淡々と読みだした。最後の場面に80年光州事件の映像がTVを通して流れることから分かるように彼は軍事政権下の韓国情勢を戯曲解釈の根拠とした。作家の不参加が残念ではあったが、討論に参加した演出家と俳優は韓国公演と観客の反応をとても気にかけていたし、戯曲理解のために今まで知らなかった韓国現代史を勉強したという後日談も聞かせてくれた。反面、アプローチと受容のむずかしさの中で解釈に重点を置いてなされた彼らの朗読がこの戯曲の本質を新しく捉えなおす機会を与えもした。 最後の日の4日昼間、『離婚の条件』がまず公演会場の雰囲気を愉快にさせた。第2回の時『真如極楽』を演出した森井氏は今回も朗読公演として可能となる一つの形式を提示した。もちろんこのような形式に対する評価は多様だが、ともかく彼が演出した朗読公演の完成度が高いことだけは事実だ。したがって観客は朗読にもかかわらず実際の演劇公演に近い舞台を見たような感じを受けたようだ。青木勇二と井口恭子、二人の中堅演技者の安定感ある演技力もこの舞台の完成度を高める要だった。「自身の傷を表わした作品」という告白で始まった尹大星(ユン・デソン)先生の率直淡白な話は終始観客の笑いを誘った。 午後には昨年12月韓国で『杏仁豆腐の心』でお目見えした鄭義信演出で『呉将軍の足の爪』の朗読が続いた。演出家はこの戯曲を韓国のマダン劇様式で演出したかったそうだが、そこにテント演劇様式まで加味して自由で独特の様式の舞台を出現させた。簡単な小道具と役の分担、そして即興的なセリフを活用して、朗読の制約条件をむしろ滑稽な面白味で乗り越えようと思う意図もまたうかがうことができた。朴祚烈(パク・ジョヨル)先生は討論で自身の「情念」が込められた作品だと話した後、戦争体験と戦争が持たらす恐怖について話すことで作品に対する説明の代わりをした。韓国で公演されてきた『呉将軍の足の爪』とは全く違った雰囲気で演出されたが、朗読のために特別に作曲された音楽を俳優たちが直接演奏する熱意に観客がこころを尽くして呼応した公演だった。 7時に開かれたシンポジウムでは先に「韓国近代劇の形成」という主題で呂石基先生の発表があり、つぎに劇芸術研究会メンバーの活動と戦後の韓国現代劇界におよぼした影響について林英雄先生の発表が続いた。主題発表と質疑応答を通して、両国の演劇が密接な関係の中に展開されたという事実を再確認できたが、特に終わり近くで洪海星(ホン・ヘソン)以外にも当時日本で活動した韓国人らがいたという噂があるが、皆創氏改名をしたので確実な根拠を探すのに困るという大笹吉雄会長の言及は両国演劇人らに興味を与えた。 三日に開かれた韓国側協議会と日本側センター間の事務局会議では今年11月ソウルで朗読される日本戯曲選定に対する技術的な協力要請と今後の事業に対する議論があった。韓国側は野田秀樹をはじめとする5人の作家をすでに選定済みの状態だが スケジュールがままならず、行事に参加できない場合に対応、マキノノゾミと土田英生、そして第1回目で戯曲が翻訳された作家永井愛まで含む、総勢8名の作家と作品をまた検討して、最終的に5編を翻訳、3編を朗読公演することにした。また3度の朗読公演は今年締めくくりとされるが、両国とも今後持続することを希望していることを再度追認することができた。 今回のドラマリーディングを通して、遅ればせながら韓国元老作家の代表作が日本に紹介されたということにまず大きな意味があり、一緒に作品の主題や内容と関連して、韓国社会と歴史に対する関心と理解の幅をさらに広げられたと考えられる。来る11月韓国に紹介される日本作家たちは最近最も活発に活動している人々だ。韓国側はやはりこの行事を通して意図したこと、日本現代戯曲の最新傾向を把握し、進んで日本社会を理解する契機となることを期待する。 |
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韓国現代戯曲のリーディング(「韓国演劇」07年3月号) 大笹吉雄(日韓演劇交流センター会長) 日韓演劇交流センターが主催する三番目韓国現代戯曲のドラマリーディングが先日、東京にあるシアタートラムで開かれた。当初の予定通りなら、これが最後の会である。しかし、後に説明するが、もう少し継続しようという方針で調整している。 東京とソウル一年おきに、三回ずつやろうという目的で日韓の現代戯曲をドラマリーディングするという試みは、2002年秋、東京での会議でもちあがった。韓国が民主化された以降の若い劇作家の戯曲を紹介したのを始め、第一線で活躍するベテランや中堅、元老劇作家の戯曲を紹介するという順序で、毎回5編の戯曲を翻訳して、ドラマリーディングを行い、これを一冊の本にして刊行するのが主な内容である。 今までに全15編の戯曲をドラマリーディングと活字にしたが、これほどの数の韓国現代戯曲を紹介できたことは、日韓演劇交流センターがあったためだと自負しており、あらゆる意味で画期的なことといえよう。ところが、第1回目は果たして観客がどれくらいきてくれるのかが心配事であった。日本が鎖国政策を解いて開放して以来、すべての方面の関心は米国とヨーロッパに集中して、アジアに対する関心はあるのかさえ分からない状態が続いていたためだ。 事実、劇場それ自体がよく知られていない点もあって、第1回目は3日間5回の公演をすべて合わせて、約200人の観客に終わった。それがシアタートラムに場所を移した05年の第2回目から私たち関係者が驚くほど観客が増えた。この間、主にNHKが放映した韓国のTVドラマによって火がついた韓流ブームが起きたのも大きな役割を果たしたが、一度に1、000人台の観客をむかえるようになったのだ。今回も同じように、五回のドラマリーディング中二回目の公演では満席だっただけでなく、多くの立ち見客がでるほどであった。 今回ドラマリーディングで公演された作品は『山火(やまび)』作=車凡錫(チャ・ボムソク) 演出=石澤秀二 翻訳=木村典子、『人類最初のキス』作=高蓮玉(コ・ヨノク) 演出=笠井友仁 翻訳=山野内扶、『0.917』作=李鉉和(イ・ヒョナ) 演出=中野志朗 翻訳=鄭大成、『離婚の条件』作=尹大星(ユン・デソン) 演出=森井睦 翻訳=津川泉、『呉将軍の足の爪』作=朴祚烈(パク・ジョヨル) 演出=鄭義信 翻訳=石川樹里の五作品だが、公演後の観客との対話では車凡錫先生の逝去と李鉉和先生の不参加という思うに任せぬ心残りがあった。『山火』は作家に対する追悼公演の形式でなされた。 出演者をオーディションで選び、それぞれの作品に演出者をたてるドラマリーディングは韓国での公演もそうであったが、一種の競争意識を呼び起こし、当初、想定した以上に本公演に近い形式になっていきつつある。ほとんどすべてのセリフを覚えた出演者も多く、台本を手に持って演技するのが形式化されていきつつある傾向にある。その結果、『離婚の条件』のように、ソウルで上演された時よりも見事だったと感想をいう韓国の委員がいたほどだが、どこまでをリーディングの範囲とするのか、これは難しい判断になるだろう。いや。むしろそれよりもリーディングという形式を模索している公演が多く、これがリーディングを活性化している側面がある。『呉将軍の足の爪』は新しい作曲を依頼して、歌を活用した公演だった。当分は演出家の意志を尊重するしかないと考える。 今回の五作品のドラマリーディングは韓国の歴史と現実に対して改めて私たちの意識を目覚めさせる出来事だった。呂石基先生と林英雄先生がパネラーになって、私が司会を引き受けた「韓国近代劇の開始」と題名を付けたシンポジウムを含め、隣国に対する理解を一層深めたひとときであったのは間違いない。そういう声を多くの観客から聞いた。これこそ真のドラマリーディングの主な目的だった。そのためにこのような集いをもう少し継続して行こうという意見が日本側だけでなく、韓国側にも出てきた。そういう方向に進むであろう。近いうちに報告できるはずだ。 |
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